真っ白なキャンパス

仕事帰りの電車の中、おそらくはディズニーランドの帰りであろう親子連れがいた。ベビーカーでスヤスヤと寝ていた赤ちゃんが、ターミナル駅で人の乗り降りや駅内放送のザワつきに目を覚まし突如大泣きを始めた。

周りは疲れ切ったサラリーマン。席に座って自宅最寄り駅までのわずかな休息を楽しみにしていたであろう男性が、ベビーの鳴き声で邪魔されて不快感をあらわにし、チラチラと恨めしそうに泣いている赤ちゃんとその両親を睨んでいる。赤ちゃんの両親はバツの悪い表情で必死に赤ちゃんをあやしているがなかなか泣き止まない。

まぁ、仕方ないな。と、私も同じような経験をしているので、両親の居心地の悪さは非常に良くわかる。が、こればっかりはどうしようもない。

赤ちゃんの感情には『快』と『不快』の二種類しかないのだから。この状況は、泣き疲れて眠るの待つしかないかもな。と、思いながら辛そうに泣いている赤ちゃんの顔を眺めていた。

この赤ちゃんは、まだなんの情報もインプットされていない、頭の中は真っ白なキャンパスなんだろうな。


これから、ゆっくり、少しずつ、何回も何回も両親の会話、口癖、読み聞かせ絵本のセリフ、子守唄のメロディ、両親の指をギュッと握る感触、色々な体験をして真っ白なキャンパスにたくさんの情報が刷り込まれて、自然と、無意識に『快』と、『不快』に大別されながらたくさんの知識と感情が育っていくのだろうな。DNAという持って生まれた特性の上に知識と経験が組み合わさり、その後独自の人間性が形成されていくんだな。

睨んでる男性もおそらくは結婚して子供がいてもおかしくないくらいの年齢なのに、それ位わかってあげられないのだろうか?

と、考えながら家路に着いた。

私も電車での休息を楽しむ一人だったが、今日は仕方ない。

自宅には、何度注意しても言うこと聞かない二人の息子。

年は少し離れているが、第二次反抗期と第一次反抗期がほぼ同時に来ていてNOと言えない日本人の親から生まれたとは思えないくらいYESを言わない。口を開くと

  • 無理
  • イヤ
  • ダメ

のどれかがでてくる。

疲れて帰って静かにして欲しい時にお願いしても「無理ー!」と、一蹴。まぁ、宿題とかやる事やってれば、寝る時間まで自由にさせているので、静かにして欲しいってお願いは私個人のわがままであり、楽しんでる子供には拒否権ある。

早く寝る時間よ来い!と、願いながらも、チョットボリューム下げて遊び始めた子供たちのさりげない優しさを感じつつ、我が子の白かったキャンパスには、優しさ溢れる体験経験が塗り詰められているのかも喜びを感じつつ。。。

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