俺は俺、君は君、決めるのは誰?子供の自立心を育てる

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決めるのは俺!!

仕事をしていると、部下はあまり意見を言わない。私はそれが不満で、意見を求めることが多い。そして、その意見を一蹴する事も多々ある。意見を言う事は重要で、チームに刺激をもたらす。そして、発言者の思考も活性化する。

しかし、仕事をする上で、最終責任を取るとは上司であり私になる。なので、有益な意見は即採用するし、成功すればチームの手柄、失敗すれば上司である私の責任。

責任取るのは上司

スポーツの監督もよく使う。勝利は選手の手柄、負けたら監督の責任。それと同じ。

なので、間違った意見などは取り入れるわけにはいかない。メンバーを尊重した上で、受け入れられない意見は理由とともに一蹴する。

先日私の判断ミスで失敗

withコロナの環境下、オンラインで仕事するようになり、メンバーとのコミュニケーションの取り方が変わり、取り組んでいる仕事への認識のズレが生じた事が今回の失敗を発生させた。顔を見て体面で会話するのとチャットや音声のみで行うコミュニケーションの違い、温度差を見極められなかった自分の責任。

今後new normalの時代に向けて組織のあり方、仕事の進め方は大きく変わる。それに迅速に順応しなければと反省しながらも気持ちを切り替えて、自宅での自粛生活を続けている家族に目を移した。

決めるのは君!!

子供は学校から大量に配布されたプリントの課題に取り組んでいる。とても多い。普通に学校が再開してたら出されないであろうプリントの数々。学習遅れを回避すべく大量の課題を出しているのだろうけど、親のサポートなしには進められない。

なので、集中力が乏しい子供に学習させるには、親が隣に座ってサポートするしかない。わからない新しい単元は説明が必要となる。

やりたいこととやるべきことを考える

先生はこの休みの間、何やってるんだろう。親に学習サポート押し付けて、のうのうと優雅に読書して過ごしているのなら、先生がもらう給与のいくらかこっちに回して欲しい。

そう思いながら課題に取り組んでいたら、息子が

この課題、できるとこまでで良いみたいだよ。やらなくても良いんだよ。でもみんながやるから俺もやる

と、の発言。やらなくて良い事をやってあると言う事で、かなりのドヤ顔である。

…やらなくて良いのか?そんなに難しくないし、プリント数が多いだけで実りのないこの課題はやらなくて良い?

必要な事をやるための判断力を育む

じゃあ、塾の勉強に時間費やした方が有益だ。知らない内容も塾でこの後学ぶから、課題プリントで先取りする必要はない。

やめよやめよ。と、息子に言ったが、息子はやると言って聞かない。

やる事は塾の授業聞いて課題とかなければいけないし、サッカークラブが休みの間のチャレンジ課題クリアして、コーチに動画送らなければならない。やる事が多いから学校の課題をやってる暇ないよ。みんながやるからやる。ではなく、自分がやりたいかどうかで判断しなさい

と、諭してみたが、自分で決めてる。学校の宿題だから、やりたくないけどやらなくてはいけないのである。

との事。立派な意見だ。それ以上こちらから言える事はない。これ以上は、親のエゴ、押し付けになってしまう。

考える子供を育てる

この年齢の子供は正しいか正しくないかはどちらでも良く、自らの意思でどうするかを決めて行動するという思考、意識の強化が必要と考える。言われた事をやるだけでは学習もサッカーも応用力、オリジナリティは生まれない。

そう、今は正しいかどうかは重要ではなく、自分がどう思うのか、何をしたいのかを自分の言葉で表現し、意見をぶつける事が重要なのである。意見のぶつかり合いをする事で、俺は俺、君は君の関係性が構築される。そして、考えるようになる。

それは相手がコーチや先生であっても変わらない考えなのだが、コーチ、先生は偉いという風潮の強い日本では、なかなか難しい事なのかもしれない。ましてや小学生。それでも臆する事なく意見の言える人間になってほしいと切に願う。たとえ、決める立場に無かったとしても。意見を言うのはただなのであるから。

だから、休校中の子供とオンラインで仕事してる合間に子供と向き合い意見を言う時間は親子ともにとても貴重な時間で、withコロナのこの状況に少なからず感謝してしまう不謹慎な私の思考に気付かされた。

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