成長の速さに愕然!サッカーに興味を持った弟はサッカー好きの兄を超えるか?

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来年小学校に入る三男がサッカーをやりたと言い出しました。幼稚園でサッカーをやっていたわけでも、サッカースクールに通っていたわけでもありませんが、次男がサッカーをやっている姿を見て影響されたようです。

でもその結果は、挫折でもなく、切り替えの早さに驚きを隠せない結末でした。

サッカー好きの兄を見て育つ弟のアドバンテージ

次男は幼稚園からサッカーをやっていたのですが、リフティングを100回以上できるようになったのは、4年生の頃でした。

サッカー好き次男を凌駕する器用な三男

それに対して、次男のリフティングを見よう見まねで繰り返していた三男はすでに60回ほどできるようになっていました。ただ、60回というのも、そこで失敗したのか、60回以上続けても意味がないと判断して途中でやめたのかが分かりません。終わらせ方が失敗というにはほど遠いトラップでの終了だったからです。

リフティングを60回で終わらせた本人の意図は全くわかりませんが、60回を終えて喜ぶこともなく、当たり前の事のようにケロッとしているところに、大物間を感じてしまう三男でした。

サッカーに無関心だった三男

リフティングはできますが、それがサッカーの練習の何なのかもわからずやっているだけで、サッカーはテレビでしか見せていません。でも、サッカーの試合をテレビで見せてもこれまでは一度もやりたいとは言いませんでした。

それは、次男のサッカーの練習や試合観戦に連れて行ったことが無かったことが原因であることが分かりました。これまでは、次男の試合の日も全く興味を示さず、家で鬼滅の刃のアニメを見ながら留守番をしていました。その方が、三男には何倍も楽しそうに見えました。

三男のサッカーデビューと引退

たまたま、次男のサッカー練習のお迎えで三男が仕方なく母親に連れられて次男のサッカーをやっている姿を見たときに、自分も「アレ」やりたい。と言い出したそうです。

「アレ」か・・・。まだサッカーという単語を認識していない中で、練習している子供たちを見て、やりたいとの感情が出てきたようです。

衝撃のサッカー体験

三男は、リフティングが60回もできるし、もともとボールを足で転がすのも好きだったので、おそらく同世代の中では、サッカーはうまい方なんだろうという親バカな気持ちで、就学前ですが、体験に参加させて見た。

サッカー体験と言っても、まだ低学年や幼稚園の子供達のサッカーなので、試合に勝つための練習をするわけではなく、ただのボールを追いかけてサッカーの楽しさを感じてもらうことが目的のお遊びに近い体験でしたが、三男は圧倒的な身体能力で他の子を優に凌駕した運動量とテクニックをもってボールをキープしてかなり本気で走り回り、楽しんでいる様子に、今後の三男の成長を期待せずにはいられない気持ちになりました。

そしてサッカー界からの引退へ・・・

体験練習を終えて自転車の後ろに乗せて家に帰り、ヘトヘトに疲れきった三男が今後このチームでサッカーをするのだろうと、本人に意思確認をしようとしたところ、三男の方から口火を切り驚きの発言をしたのです。

三男
三男

もうサッカーはいい

やめる

なぜ??あれだけ楽しんでいたのに・・・

パパ
パパ

どうしたの?

楽しそうにしてたけど、実はつまらなかったの?

三男
三男

ううん。サッカーは楽しかったよ

・・・・・

パパ
パパ

そうか。じゃあ、続けなくていいの??

三男
三男

うん。楽しかったけど

疲れたからもういいの

・・・・・

パパ
パパ

そ、そうか。

好きであることが重要!!楽しいと楽は別

どうやら三男の思考判断ロジックは、次のような感じで成り立っているようです。

楽しいこと < 楽であること

楽しいと楽であることは対極である」こんな格言を言う人もいるし、楽しいことがしたいんだったら楽はしちゃダメっていう人もいるので、この年で楽を選んでいることにちょっと将来を不安に思ってしまうのですが、考え方を変えると、このロジックで日々を生活しているのであれば、三男の思考の成熟さはかなり高いのではないかと思います。

頑張りたいほど好きじゃないから楽(ラク)したい

世の中、苦しいことを乗り越えた先に楽しいことがあるという人がいますが、本質的なところは、それ自体が好きかどうかに着地するのではないかなと思います。

好きだから楽しいが成り立ちます。好きなら他人が見ていて苦しそうに見える「うまくなるための努力」も楽しんで実践できるのだと思います。

一方で、楽しいのだけど、「うまくなるための努力」を継続するほど好きじゃない場合、それを続けることは苦しみでしかなく、これだけ苦しんで頑張ったのは、これが好きだからなんだと思い込むようになり、頑張ったてうまくなった結果、楽しいので、自分はこれが好きなんだと思わなければ割が合わないと考えているだけのようにも思えます。

重要なのは行動ではなく好きという感情

楽(ラク)していたら楽しいことが得られないという行動理念は、苦しいことも継続して続けることで、楽しみが生まれるという考え方ですが、行動に合わせて感情を変えている状態ですね。

三男の場合は、「面白そう」という感情で「アレ」やりたいという行動に移りましたが、一生懸命疲れるまで走ってボールを追いかけることを続けることが楽しいと思えるほど好きではないと感じたから、やりたいといった当初の発言をサクッと撤回して感情に合わせて行動を変えています。

大人でもなかなかできる事ではない、いや、大人だからできない事なのかもしれませんが、小画工入学前にその判断を自然にできる三男の思考の成熟度にも驚きで、サッカー続けたらどうなるか楽しみに思っていた半面、サッカー以外でも何かしら面白いこと見つけて楽しむのではないかなと思います。

次男はやめられなくなっているのではないか?

三男が早々にサッカー界から引退を決断したのとは裏腹に、次男は日々黙々とボールを追いかけています。

そんなサッカー漬けの日々を送っている姿を見ると、とても一生懸命生き生きとサッカーを楽しんでいて、一点の後悔もないように思えます。

しかし、サッカー始めたきっかけが友達から誘われたことであることを考えると、ここまでサッカーを続けているのが本当に次男の気持ちに忠実な行動なのか、行動の結果好きと思うようになった結果なのか、どちらなのかわからなくなってきます。

今となっては確認する術はないのだけど、黙々とサッカーに勤しんでいる次男の方がよっぽど子供っぽくなんか安心させられます。

三男がサッカーブロクに登場するのは今回が最後かもしれないと思いつつも執筆しました。

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